ながいひとりごと

主に映画の感想を書きます。

キスをしないのは成長の証?『Batman: The Knight』

(引用等は拙訳)

 

Batman: The Knight (2022-) #2 (English Edition)

Batman: The Knight (2022-) #2 (English Edition)

Batman: The Knight (2022-) #5 (English Edition)

Batman: The Knight (2022-) #5 (English Edition)


Batman: The Knight』(『バットマン:ザ・ナイト』)の#5が発表された当時、ブルース・ウェイン両性愛者なのではないかという話題が起こった。

バットマン:ザ・ナイト』はバットマンとなる前、世界各地を回って修行中のブルース・ウェインを描くコミック作品だ。話題の元となったシーンでは、ブルースと、修行を共にする"アントン"という男性が見つめあい、キスする直前であるように見える。この先のイシューで、アントンは将来ゴーストメイカーとなるミンコア・カーンであると判明するのだが、この時点でも読者にとっては彼がゴーストメイカーであると想像するのはたやすい。彼が両性愛者であることも話題を盛り上げる一因だったといえるだろう。

しかしながら、このシリーズでブルースが両性愛者であるとは明言されなかった。このシーンはクィアベイティングだったのだろうか?ここでは、#2と#5を主に比較することにより、これはブルースの成長を示すシーンとして描くことで、単なるクィアベイティングのシーンとなることを避けている…ということを考えてみたい。

#2の舞台はパリで、ブルースは泥棒のルーシー・チェッソンに弟子入りする。彼女は明らかにキャットウーマンを思わせる女性だ。修行のさなか、ブルースはルーシーと共にパリの富豪の邸宅に侵入し、宝石箱を盗み出そうとする。しかし二人は警察に見つかり、ブルースは脚を撃たれながら、何とか二人とも逃げきる。隠れ家に戻り、ブルースはルーシーに手当をしてもらいながら、撃たれた時に考えることができたのは「箱を守ること、ミッションのことだけだった。その箱が欲しくもないのに」と話し、「怖い、自分が何になるのかが怖い」と打ち明ける。そして慰めてくれたルーシーに勢いに任せてキスする。ブルースはルーシーに行動を詫びたのち、心の中で「くそっ、ブルース、お前は今日本当に順調だな」と皮肉っぽくつぶやく。

それから時を経た#5では、ブルースはかつてスパイだったエイブリー・オブロンスキーに弟子入りしている。この時は別の場所で出会ったアントンも一緒に行動している。オブロンスキーに命じられ、ブルースとアントンはモスクワのアメリカ大使館で開かれるパーティに紛れ込み、とある本を盗み出そうとする。ブルースとアントンは競い合う形でミッション達成を試み、アントンが本を手にする。しかし負けん気を起こしたブルースの仕掛けた作戦が裏目に出て、二人は見つかってしまう。ブルースが追っ手を撃退し、二人は逃げる。その後ブルースは、アントンに対し、自分は「足らない所ばかり」で、「失敗してこっそりとゴッサムシティに帰ることになるのではないかと心配」だと打ち明ける。アントンはブルースを慰めて、さらに「自分は世界に一人きりだと思っていた。でも君は…」と言い、二人はうっとりした表情で見つめあう。しかし、すぐにオブロンスキーが二人の話を遮り、さらにその後、ブルースは見つめあっている隙に例の本をアントンから気づかれないように盗み取っていたと判明する。

このように、二つのシーンの状況は似通っている。しかしブルースは明らかに変化・成長している。彼は追っ手を撃退し無傷で逃げ出せるほどに戦闘技術を磨いている。心配事についても、自分がミッションに夢中になっていることや、何者かになることはもう当然で、恐れているのは失敗することだ。アントンにロマンチックに見つめられたって、本を盗み取る隙を逃さないほど抜け目ない人物になっているのだ。

このような流れの中で見れば、話題のシーンはブルースがバットマンにまた一歩近づいたという成長を見て取ることのできるシーンだ。

しかし、引っかかってしまったアントンの方はどうだっただろうか。実は、大使館へ潜入している最中、アントンはターゲットの男性を誘惑して狙いの本を手に入れようとしていた。二つのシーンを比べると、態度からして、ブルースと見つめ合うシーンでの彼の意図は明らかだ。

ブルースが見つめあった瞬間、何を思っていたのかは不明だ。このシリーズではブルースのモノローグが多用されているが、#5では追っ手から逃れて以降、ブルースの心の中を示すモノローグがない。もしかしたら、ブルースはアントンの事をあの瞬間好ましく思ったのかもしれない。

今後ブルース・ウェイン両性愛者あるいはバイキュリアスな人物として描かれることはあるだろうか?もし将来そのような事があれば、このシーンも重要な歴史として取り上げられるのだろう。それまでの間は、これはブルースの成長を描くあるひとつのシーンにすぎない。