ながいひとりごと

主に映画の感想を書きます。

役割から自由になるための個人的な愛『戦場のメリークリスマス』


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以前、クリスマスという要素に沿って『戦場のメリークリスマス』について書いてみたことがあったが、

 

purepuppy.hatenablog.jp

 

再鑑賞したので、纏まらないながらもまた書いてみたいと思う。

 

 

カネモトとデ・ヨンの事件が示すこと

当初は加害者と被害者であったかのように見えた二人だが、カネモトの切腹に殉ずるようにデ・ヨンは舌を噛み切って自殺する。これにより、二人の間に合った感情は同性愛的なものであったと解釈できる。

一方で、この事件が厳しく罰されることにより、この作品世界では同性愛は禁忌であると示され、またその重要性から作品全体に同性愛の含意があることも示される。

 

ハラとロレンスの探り合うような会話

冒頭から、ハラはカネモトを侮辱していることから、同性愛に対し揶揄する態度を持っているように見える。しかし、ロレンスがデ・ヨンを病棟に移動させるよう頼んでくるときの言葉は、揶揄しつつもどこか微妙な含みを持っている。

ハラは「オカマなど"怖くない"」と言う。揶揄や嫌悪の気持ちがあるとすると、「怖くない」という言葉の選び方はやや不自然だ。またハラはロレンスに「イギリス人は全員オカマか」と尋ねる。その後、ロレンスは会話の中で「全員がそうなるわけではない」と話す。このシーンは一見、ハラが同性愛行為・感情を嘲るシーンであるようだ。しかし、彼は「侍は」などを主語にして自身の固定された役割を離れないようにしつつも、個人的にはそのようなセクシュアリティに関心を持ち、ロレンスの真意を探ろうとしているように読み取れるのではないか。ロレンスのそれぞれの返答も、その可能性を完全には否定しないような曖昧なものである。そもそもハラが見ていた夢に出てきたのがマレーネ・ディートリッヒというクィアアイコンであることも示唆的に思える。これらの要素が先の含意を強めている。

 

ヨノイとセリアズは互いに「理解してほしい」と思っている

軍事法廷のシーンでヨノイはセリアズを熱心に見つめたことにはじまり、セリアズに対して熱烈な感情を抱いていることは明らかだ。では、その後はどうか。

ヨノイは切腹の処刑現場に未だ臥せっているセリアズを立ち会わせようとする。これは、冒頭でハラが「切腹を見なければ日本人を見たとはいえない」と言ったことから、セリアズに自分(たち)を理解してほしい、という気持ちの表れであるといえるだろう。

これは、その後命じられた「行」を破るセリアズの行動と対照的である。セリアズは裁判後牢に入れられていた時、日常生活の一場面のようなパントマイムを見せていた。これは彼が反抗的な性質であると捉えられるとも同時に、あらゆる時でも人間としての生活を忘れたくないという信念があるとも捉えられる余地がある。いずれにせよ、行を破る行動はヨノイの先の行動と呼応し、ヨノイに反抗的あるいは日常を忘れない自分を理解してほしい、という気持ちの表れだったといえるだろう。

その後セリアズが捕らえられた場面で、ヨノイとセリアズの会話を黙って見守るハラのアップのカットが入る。これにより、彼は二人の間にある感情を察知したように見える。

 

"絨毯を持って"逃げ出すセリアズとヨノイの対峙

ヨノイの部下であるヤジマは、牢に入れられたセリアズを襲撃しに来る。セリアズはヨノイがくれたという絨毯のお陰でそれを免れる。セリアズはその絨毯にキスし、それを手にロレンスの元に向かう。ロレンスを救出した直後、セリアズはヨノイと遭遇し、ヨノイが日本刀を構える。セリアズは短剣を地面に刺し、戦いを放棄する。ヨノイはなぜ戦わないのかと疑問を呈する一方で、ハラがセリアズを殺そうとするのを阻止する。ロレンスはセリアズに対して「彼(ヨノイ)は君のことが好きなようだな」と言い、セリアズは何も言わず照れるかのように顔を伏せる。

この場面において、衝突を経てもセリアズの方には、ヨノイに対する何らかの好意があるように見える。それはヨノイに貰った絨毯を持ち出すという行動、戦いを放棄する態度と、ロレンスの発言に対する反応に表れている。

一方ヨノイはセリアズが殺されるのを防ぐほどの思いはあるものの、その後の思いは異なっている。切腹の間際に、ヤジマはヨノイに対して「この男(セリアズ)は大尉を破滅させる悪魔です」と呟いて死ぬ。これらによりヨノイの気持ちは変化したようで、ヤジマの葬儀に際して、ヨノイはロレンスに「君の友人(セリアズ)には失望した」と語る。その「失望」の反対の「期待」は、セリアズへの好意であるように思われるが、それが揺らいでいるのである。

 

二人を釈放した翌日のハラとヨノイ

酒に酔ってロレンスとセリアズを釈放した翌日、ハラはヨノイに対し「(ロレンスとセリアズの二人を特別扱いするのは)我々のためにならない」と話す。これはハラ自身もヨノイも、二人への個人的な思いはもうこれ切りにしようという提案のように聞こえる。それは次の二人の行動によって確からしいものになる。

捕虜たちが去った後、ヨノイは飛行場建設に行くか(=ロレンスのいる収容所を離れるか)とハラに尋ねながら恩賜タバコを渡し、ハラは提案を了解しタバコを受け取る。恩賜タバコがアップになり軍人という役割を象徴するとともに、この場面は、バタビアではヨノイが勧められたタバコを断っていた場面との対比でもある。タバコを断った直後の軍事法廷で、ヨノイはセリアズを救っていた。加えて、ヨノイ自らタバコを吸うことで、より一層決意を固めていることが示される。

 

セリアズからヨノイへのキス

固く決意をしたヨノイは軍人としての役割に縛り付けられ、その達成のために何としてでも情報を捕虜長ヒックスリから聞き出そうとし、最終的には日本刀で彼を斬ると宣言する。そこでセリアズが歩み出て、ヨノイの両頬にキスをする。

この流れの中では、セリアズの行為は、ヨノイに個人的な感情を思い出させることで、彼を役割から自由にし一個人であることを思い出させる愛の行動だといえる。それはセリアズの、優等生という役割にとらわれ、(幼い頃は実現できていた)自分が犠牲を被っても弟を助けたいという個人的思いを捨てた過去から自分自身を救い出す行動でもある。

この行動に対し、ヨノイはセリアズの髪を一房刈り(それを故郷に持っていくようロレンスに頼む)、敬礼する、という役割から離れた個人的な愛の行動によって応えるのである。

 

ハラとロレンスの再会

セリアズの事件後、ハラはロレンスと別れの言葉を交わさず、飛行場建設のために収容所を去る。だが結局、ハラが処刑される前日に二人は再会する。この再会は、ロレンスが語るように、先のセリアズの「種を蒔く」行動が間接的にもたらした。ロレンスは変わらず一個人としての思いを語り、ハラは酒に酔い続ける(=二人を釈放した時のような、個人としての自分で居続ける)と言う。それをさらに強固にするかのように、ハラがロレンスに「メリークリスマス」という言葉をかけて物語は結末を迎える。これはハラとロレンスの絆を改めて示すとともに、物語の中心となった4人が皆役割から自由な一個人になったということを示しているのだろう。

 

参考文献:

戦争と「同志」叙事 : 大島渚『戦場のメリークリスマス』から 明毓屛『再見,東京』へ | CiNii Research

紀大偉は如何に大島渚を受容したか : 儀式を中心として | CiNii Research